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始皇帝と王翦から見る報酬・インセンティブ制度

本・歴史の話のアイキャッチ

『キングダム』でもお馴染み 秦の名将・王翦

中国・春秋戦国時代の名将・王翦をご存知でしょうか。最近では同時代を取り扱った漫画・原泰久の『キングダム』が人気を博しているため、『キングダム』で王翦を知った人もいるかもしれません。
この王翦、『キングダム』の劇中でも名将として描かれています。ネタバレになってしまいますが、史実ではこの王翦が秦の中国統一を完成させるのです。

今回はこの王翦の楚国侵攻とその逸話を見ていきながら、報酬・インセンティブ制度が管理者にとって安心のもとになっていることを確認していきましょう。
なお、始皇帝は秦の王・えい政が中国統一の後に名乗ったものですが、今回はわかりやすさを重視して、始皇帝と表記いたします。

王翦の楚国侵攻と報酬の無心

最後の強国・楚

『キングダム』でも描かれているように、秦の国は始皇帝が即位する前から大国でした。さらに始皇帝が韓非子の法による統治を取り入れ、李斯を丞相に任用して国力増強に当たらせると、ますます秦は強大になり、敵対する国々に次々と侵攻していきました。

連合国として一時は秦に敵対した趙・楚・魏・韓・燕の五か国も、韓・魏・趙が滅ぼされた後、秦に敵対しうる大国は楚のみとなりました。

楚は司馬遼太郎の『項羽と劉邦』の主人公・項羽の祖父である項燕が大将軍として指揮を執っていました。

李信の失敗と王翦の出陣

史実の上では、この楚軍に対して『キングダム』の主人公・李信がが大将として出陣しますが、敵の戦力を侮り、項燕に大敗を喫してしまいます。
楚攻略に失敗した李信の後任として秦軍の大将となったのが王翦でした。

李信が20万の兵力で楚国落とせると豪語した一方で、王翦は60万の兵力が必要だと見積もりました。
これは秦軍のほぼ全戦力であり、秦国の中には王翦がそのまま反乱するのではないかと疑うものもいました。
しかし、始皇帝は王翦の出陣を許可し、秦国の兵力のほぼ全てを王翦に任せることにしました。

王翦の真意

王翦は出陣し、楚に侵攻しますが、戦の間、しきりに始皇帝に対して恩賞や戦後の待遇についての手紙を出します。

このような態度を見かねた部下は王翦に
「余りに度々過ぎます。貴方はもっと欲の無い人だと思っていましたが」
と苦言を呈します。

しかし王翦は
「お前は秦王様の猜疑心の強さを知らない。今、私は反乱を起こそうと思えば、たやすく秦を征し得るだけの兵を率いている。秦王様は自ら任せたものの、疑いが絶えないだろう。私は戦後の恩賞で頭が一杯であると絶えず知らせることで、反乱など全く考えていないことを示しているのだ」
と反論したそうです(1)

王翦からしてみると、疑い深い始皇帝は人一倍謀反を気にするだろうし、実際にそれだけの兵力を王翦は預かっていました。
そうした中で始皇帝の疑いの目をそらすには、報酬欲しさに働いているという態度を見せたほうがよいと判断したのです。

天寿を全うした王翦

その後、王翦は項燕を打ち破り、楚を滅ぼしました。王翦の配慮が奏功し、秦に戻った後も、疑いの目をかけられず、天寿を全うしたとされています。

『史記』を紐解けば、如何に戦功をあげた名将、国力増強にまい進した宰相でも、国王の疑心から死罪にされることがあったことが読み取れます。『キングダム』でも伝説的な名将として描かれる白起についても、始皇帝の曾祖父・昭襄王により自害に追いやられています。
そうした中で、王翦は疑いの心が極めて強い始皇帝の下で、上手に世渡りをしたと言えるでしょう。

報酬・インセンティブ制度は管理者の疑心から

この王翦と始皇帝の逸話から分かる通り、報酬やインセンティブというものは、スタッフのモチベーションアップの効果とともに、その管理者の不安を晴らすという効果もあると言えましょう。

つまり、会社のケースで考えると、「報酬を求めているスタッフは自分を裏切らないだろう」という発想によるものです。

報酬やインセンティブ制度はスタッフのため、社員のためと言いながら、それを与えることによって経営者や管理者が落ち着きたいのかもしれませんね。

インセンティブ制度の弊害についてはこちらの記事でも紹介しておりますので、よろしければご覧ください。

モチベーション記事報酬・インセンティブ制度のデメリット 報酬は罰則と変わらない

(1)口語訳はWikipediaによる(王翦 – Wikipedia